大学9 投稿日: 2019年1月28日 5:00 AM kmg コメント 所謂其(いわゆるそ)の家(いえ)を齊(ととの)うるには、其(そ)の身(み)を修(おさ)むるに在(あ)りとは、人其(ひとそ)の親愛(しんあい)する所(ところ)に之(お)いて辟(へき)す。 其(そ)の賤惡(せんお)する所(ところ)に之(お)いて辟(へき)す。 其(そ)の畏敬(いけい)する所(ところ)に之(お)いて辟(へき)す。 其(そ)の哀矜(あいきょう)する所(ところ)に之(お)いて辟(へき)す。 其(そ)の敖惰(ごうだ)する所(ところ)に之(お)いて辟(へき)す。 故(ゆえ)に好(この)みて其(そ)の惡(あ)しきを知(し)り、惡(にく)みて其(そ)の美(び)を知(し)る者(もの)は、天下(てんか)に鮮(すく)なし。 故(ゆえ)に諺(ことわざ)に之(こ)れ有(あ)り、曰(い)わく、人(ひと)は其(そ)の子(こ)の惡(あ)しきを知(し)る莫(な)く、其(そ)の苗(なえ)の碩(おお)いなるを知(し)る莫(な)しと。 此(これ)を身修(みおさ)まらざれば、以(もっ)って其(そ)の家(いえ)を齊(ととの)う可(べ)からずと謂(い)う。 📂投稿グループ 大学 📎タグ 大学
2019年1月26日 kmg 大学1大學(だいがく)の道(みち)は、明徳(めいとく)を明(あき)らかにするに在(あ)り。民(たみ)に親(した)しむに在(あ)り。至善(しぜん)に止(とど)まるに在(あ)り。 止(とど)まるを知(し)りて后...